※本記事はプロモーションを含みます

90年代のテキサス州で実際に起きた冤罪死刑囚の話【TRIAL BY FIRE】

こんにちは!Ayumiです。

映画鑑賞が趣味で、年間で100作品以上を観ています。

さて、先日下記のツイートをしました。

冤罪の可能性が高い死刑囚の話。自らの子供を焼死させた罪で死刑判決を受けた主人公。死刑執行後に、彼の犯行でないことが明らかになった事件。実話なのが、あまりにも悲しい。「人を人が裁くということ」は本当に慎重でなければならない。そう思います。

おすすめ度3.5の作品です。

本記事では、映画「TRIAL BY FIRE」について紹介します。

 

「TRIAL BY FIRE」とは?

自らの子どもを焼死させた罪で死刑判決を受けた男。彼と知り合い特別な絆を育む中で、その無実を信じたひとりの女性が冤罪を証明しようと奔走する話。

1968年アメリカテキサス州で、3人の幼い子供を放火で殺害した罪で死刑判決を受けたキャメロン・トッド・ウィリンガム死刑囚の物語です。

▶詳しい内容はこちらのリンクから

無罪を訴え続けた彼ですが、2004年2月(享年36歳)に死刑執行されました。

無念にも、死刑執行後に彼の犯行ではないことがわかりました。

テキサスは「死刑の街」

この映画の舞台となるアメリカテキサス州は、世界的に「死刑の街」として知られています。

テキサス州ハンツビル

死刑囚の数がとても多いのです。

その中には、数多くの冤罪もあるのです。

死刑廃止を訴えるTCAPD(テキサス死刑廃止連盟)

「凶悪な犯罪をした者に対して、死を持って償う」というもわからなくもない。

しかし、冤罪も数多く存在しているという事実を考えると、死刑制度は必要か否かという話にもなります。

そんな中で、死刑廃止を訴える団体がテキサス州にあります。▶TCAPD公式HP

この団体の目的は、「不公正な刑罰を終わらせること」

冤罪で裁かれる人を無くすことです。

テキサス州は、他の州に比べ死刑制度を支持していると言われている。でも、ここに住む人達みんなが、死刑制度は奴隷制度同様に時代遅れの遺物であることを理解する日が来ると確信している。(c)AFP/Tori Brock

 

「TRIAL BY FIRE」見どころ

この映画の見どころは2つです。

①放火犯と決めつけられた上での捜査
②諦めと期待の狭間で揺れ動く心

詳しく書いていきます。

①放火犯と決めつけられた上での捜査

元々素行が悪く、刑務所に入った経歴もある主人公。

証人A
アイツはいかにも人を殺しそうだ、やりかねない
証人B
あの人はモンスターよ!

過去の行いから、このような印象を持つ人も多く、「ほぼ犯人」という前提で裁判は進んでいきます。

普段の素行がいかに悪かろうと、それが犯罪の裏付けになることは決してなく、調査で積み上げた実証が物を言うべきです。

しかし、死刑が当然だと断言する人が多く、これが人が人を裁くということかと思いました。

2011年権威ある科学者5人の証拠を受け、テキサス州科学捜査委員会は、放火の証拠はないというハースト博士の結論を支持した。/ 映画後半テロップより

②諦めと期待の狭間で揺れ動く心

死刑判決を受けて8年後、無罪を主張してきた彼に希望が見え始めます。

それがエリザベスとの出会いです。

彼との関わりの中で、無罪を信じたエリザベスは冤罪を証明しようと、証拠集めに走ります。

妻にも愛想を尽かされ希望を見失った主人公にとって、エリザベスとの出会いはかなり心の支えになったと思います。

しかし、冤罪を証明出来る確率もまた低く、その狭間の中で生きる主人公は、とても苦しかったでしょう。

「無罪を証明出来るかもしれない」「死刑執行まで時間がない」「もうダメかもしれない・・」

そんな主人公の心の葛藤を見るたびに、まるで自分が収監されたような気持ちになります。

 

「TRIAL BY FIRE」印象に残ったシーン

エンディングで流れる「共和党候補者討論会」での知事の発言です。

司会者
ペリー知事、テキサス州は234人の死刑囚を処刑しており、近代の知事政権では最多です。無実のものがいたかもしれないと思い悩んで、眠れなかった経験は?
ペリー知事
いえ、全くありません。

テキサス州は「死刑の街」と言われるほど、死刑囚が世界的に多い街です。

また「1980年以来男女の死刑囚158人が処刑前の冤罪証明に成功している」というテロップが、エンディング前に流れます。

冤罪の死刑囚がいたことは事実であり、現在もいる可能性が高いのに、知事は1mmも興味がないのでしょう。

まさに「死刑の街」と言われる所以がここにあるって感じです。

 

「TRIAL BY FIRE」主人公の唯一の落ち度

「裁判員の前でも粗暴な態度であったこと」です。

庶民
あの人ならそうするだろう、やりかねない

そんな印象を持たれてしまえば、誰だって不利な状況になります。

人が人を裁くということは、どうしても人間の感情が絡むものです。

裁判員
みんながそう言うのであれば、そうなのかもしれない・・・。

そんな思いで判断した、裁判員も多かったのではないでしょうか。

その点において、粗暴な態度は、逮捕されたトッドの落ち度であったと思います。

 

しかし、それが死に直結する程の罪であるはずはありません。

先入観や探したいものだけを探して、信じたいものだけを信じる。

そんな人間の性が見える映画でもありますね。

もしもトッドが裕福な家に住んでいて、信頼のおける仕事をしていて、妻も上品で優雅で、人あたりが良く真面目で、近所の人とも仲良くやっていたら、こんな結末にはならなかったように思います。

 

 

 

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