こんにちはAyumiです!
映画鑑賞が趣味で、年間100作品以上観ています。
ドラマー志望の学生と鬼教授の音楽バトル。ラストの9分間が最大の魅力であり、それまでが非常に不快な物語。
学生時代、部活動の顧問が厳く投影しながら観てしまったのもあって終始苦しかった。学生があの後どうなったのか?続編があると評価も変わるかもしれない。
#セッション pic.twitter.com/20wo3atLjm— Ayumint (@ayuupi0128) October 2, 2022
ドラマー志望の学生と鬼教授の音楽バトル。ラストの9分間が最大の魅力であり、それまでが非常に不快な物語。
学生時代、部活動の顧問が厳く投影しながら観てしまったのもあって終始苦しかった。学生があの後どうなったのか?続編があると評価も変わるかもしれない。
本記事では映画「セッション」について紹介します。
目次
「セッション」あらすじ
この映画のあらすじは以下です。
プロのジャズドラマーを目指し、名門音楽大学に入学した主人公は、ある日、鬼教授のバンドにスカウトされる。夢に近づいたことを喜ぶ主人公だったが、完璧を求める鬼教授のレッスンは常軌を逸したものであり、精神崩壊する学生もいた。そんな中、自我が崩壊するほど追い詰められるも、鬼教授に食らいつき最後の演奏会で最高のパフォーマンスをする。
「音楽を通したガチ喧嘩」という言葉がふさわしい作品です。
不快に思う人もいるのではないかと思います。
予想のつかない展開
終始、精神的・肉体的な暴力を伴う苛烈な指導をおこなう鬼教授・フレッチャー。
なんて思っているそこのあなた!
そんな凡百な作品がアカデミー賞作品賞にノミネートされるわけがありません。
物語は二転三転急転直下、だんだんイライラが増していくばかりです。
監督デイミアン・チャゼルの青春時代が反映された作品
この狂気的な作品は、監督の実体験がベースになっています。
彼は、プリンストン高校のバンドでジャズドラマーとして活躍していました。
実際にフレッチャーのような鬼教師の指導を受け、身がすくむような思いをしたとか・・。
But it was an environment that caused me to learn what it meant to live for four years with non-stop anxiety and non-stop fear.
(止まることのない不安、止まることのない恐怖の中で4年間を過ごし、生きることの意味を学びました。)/DEN OF GEEK!のインタビュー記事より
彼はその時のことをこのように語っています。
音楽をやること自体に恐怖を感じるようになった彼は、音楽の道を諦め映画製作の道へ進むことになりました。
そしてこの作品が生まれたんですね。
嘘も平気でつくサイコパス鬼教授・フレッチャー
鬼教授の話に戻りましょう。
映画の口コミをみると、フレッチャーを「ニーマン(主人公)を覚醒させようと外道を演じた最高の指導者」と評価するものがありますが、私は納得できません。
度を越した暴力と罵詈雑言に耐え抜いて技術を磨かなければ、歴史に名を残すミュージシャンにはなれない。
その考えが根底にあるフレッチャーの言動はまさに本物です。
その理由は彼の以下の発言にあります。
・自分の仕事は偉大なミュージシャンを育てること
・「よくやった」と褒めることは才能を潰すこと
・次のチャーリー・パーカー(偉大なドラマー)は何があっても絶対に挫折しない
やり過ぎだと言われても、それを受け入れないフレッチャー。
暴力を罵詈雑言は、偉大な演者になるには必要不可欠とも言わんばかりの態度です。
教え子の死をネタにする鬼教授
交通事故によって教え子が亡くなったと涙ながらに語るシーンがあるのですが、これは後に嘘だとわかります。
事故死ではなく自死。
フレッチャーの過酷な指導により精神的に追い込まれ自死をしました。
そのことに対して、「謝罪する気はない」とフレッチャーは言います。
本当に最悪なやつです。
映画の最高到達点!ラスト9分19秒
胸くそ悪い展開が続きますが、この映画の最高到達点と言えるのはラスト9分19秒。
圧巻のドラムソロシーンです。
信頼関係ではなく、殺意に似た感情で結ばれた師弟関係。
以前ステージ上でフレッチャーに殴りかかったニーマンだが、2度目の反抗は拳ではなくドラム。
音楽を通したバチバチの喧嘩が始まります。
最初は困惑していたフレッチャーですが、驚異的なテクニックと覇気により指揮を取らざるを得ない状況に。
この映画で終始求められ続けてきた圧倒的なまでのドラムテクニックによる復讐が始まります。
映画の最高到達点はここだ!
”ドラマーズ・ハイ”状態になったニーマンを、自然とサポートする鬼教授フレッチャー。
ドラムソロと強打によりスタンドの接続が緩くなり、倒れかけたサスペンドシンバルをフレッチャーが手に取り、立て直すんです。
復讐し合っていた2人が同時に音楽を楽しんでいる!ここがこの映画の最高到達点です!!!
ドラマーとしてこれまでにない境地に辿り着きつつある事を、鬼教授が認めた瞬間ではないでしょうか。
彼の教え、恫喝、暴力にニーマンが応え、あろうことは師匠をねじ伏せた瞬間です。
このラスト9分19秒のために、97分間の過酷な描写があるといっても過言ではありません。
”一流”は狂気の果てにあるのか
行き過ぎた指導が問題とされる時代に、フレッチャーの指導は現代にそぐわないものです。
だからこそ、私は終始不快な思いを抱いたのだと思います。
しかし、「学ぶは真似る」や「技は教わるものではなく盗むもの」など言われていた時代に、多くの偉人が誕生したのも事実です。
フレッチャーが言った危険な言葉「教えてやる」と「上出来」は、人の才能を止めてしまう可能性がある。
この言葉もまた真理です。
映画「セッション」は究極やこだわりを追求した指導者と、音楽をする理由を追い求め、偉人を目指した若きドラマーとの激しいぶつかり合いを描きます。
そこにはスリルとサスペンス要素があり、見応えは十分です。
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